草野心平は、明治36年(1903)5月12日、福島県の上小川村(現・いわき市小川町)に五人兄弟の次男として生まれました。亡くなったのは昭和58年(1988)ですから、この世界の人としては本当に長く活躍をした人ですね。
■秋の夜の会話

 

さむいね。

ああさむいね。

虫がないてるね。

ああ虫がないてるね。

もうすぐ土の中だね。

土の中はいやだね。

痩せたね。

君もずゐぶん痩せたね。

どこがこんなに切ないんだらうね。

腹だらうかね。

腹とったら死ぬだらうね。

死にたかあないね。

さむいね。

ああ虫がないてるね。
 10月下旬から11月にかけてのこの時期、日に々日の暮れが早くなり、山では鮮やかな紅葉とは裏腹に、氷雨の夜は初雪の到来も間近に感じ、何もかもが、はかなく、切なく、もの侘しい気がします。こんな時、ふと思い出すのが、草野心平の詩集「第百階級」の中の「秋の夜の会話」という詩です。
 
 秋の夜の会話をしているのは誰でしょうか?まさか人間ではないようですね。土の中で越冬する生き物はいろいろですが、ここで会話をしているのは「蛙」です。草野心平はこの他にも「カエル」の詩をたくさん発表していますが、この詩は私にとっては代表作と言っていいでしょう。秋のこの季節になると、自然とこの詩が浮かんできます。

 この会話の中で身に沁みてくるのは、もちろん本物の蛙たちの越冬のつらさはもちろんですが、私にはこの会話が蛙ではなく私自身のような気がする時があるのです。
 いきなり 「さむいね。 ああさむいね。」ときます。そうしてまわりの状況として 「虫がないてるね。 ああ虫がないてるね。」一体どんな風に泣いているのでしょうか。 その後 「もうすぐ土の中だね。 土の中はいやだね。」と続くあたりは、落ち込んでいる時などは、ため息ものです。物事万事前向きに思われない時や、何もかもが灰色に見える時が誰にでもあると思います。 「痩せたね。 君もずいぶん痩せたね。」痩せたのは体だけではありません。身も心も、すべてが… 「どこがこんなに切ないんだろうね。 腹だろうかね。」 一体何が?どこが?自分を蝕んでいるのだろうか?生きているのもイヤになる… 「腹とったら死ぬだろうね。 死にたかあないね。」でも、家族のためにも、自分のためにも、このまま落ち込んでばかりはいられない。けれど、目の前の状況は…「さむいね。 ああ虫がないてるね。」

 会話としてありますが、私には自問自答の会話だと感じます。
 ちょっと、淋しい気分にさせてしまいましたか?でも雪国に住む人間は、こうした気分こそ必ず自分のためのものとして考え、遙かに望む「春」をじっと待つのです。寒い冬、暗い土の中…そうしてそれに耐えたものだけが、春を謳歌できるのです…蛙たちの「春の歌」を聞いてください。
 梅之屋の「貴賓室」には、いつも春があふれています。(単に酒があふれているだけ?)ケルルン クックと絶好調で飲みましょう!
 
春の歌
草野 心平

かえるは、冬のあいだは土のなかにいて、
春になると地上に出てきます。
そのはじめての日のうた。

ほっ まぶしいな。
ほっ うれしいな。
みずはつるつる。
かぜはそよそよ。
ケルルン クック。
ああいいにおいだ。
ケルルン クック。
ほっ いぬのふぐりがさいている。
ほっ おおきなくもがうごいてくる。
ケルルン クック。
ケルルン クック。
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